6/27

生きてたら悲しいこともあると思うのだが、それに固執しすぎるのはよくない、そう初めて思ったのは、パートナーの母がなくなった時。彼女が死んだ時、僕はしばらく、寝ているうちに死なないだろうか、死んだらいいな、って思っていた。人があんなに簡単に死ぬ、命を捨てられるとは思ってもいなかったというのもある。僕はしばらく死に憧れていたかも知れない。

でも、人って生きていたら生きることに集中せざるをえなくなる。僕はお笑いが好きでさんまとか上沼恵美子を聞くが、最近上沼さん、鬱々したことをよく話す。正直でいいと思うが、先日有名人が亡くなったときも、放送中に感情移入して涙する。ラジオも聞いているからあれは演技じゃない気もして、大丈夫かしらと思う。

悲しい事件や、不幸な出来事など、あまり見過ぎると心理的によくないのは、以前の震災の件でも明らか。ぼくらの先祖も昔から、不幸なことはちゃんと受け止めつつも(人によっては右から左に聞き流しつつ)、自分の日常に戻って笑って暮らそうとしてきたはずだ。あまり繰り返すのはよくない。

6/20

家の中にいたら暑いので、とりあえずごみ捨てのついでに外出。

図書館に来たらクーラーが入っていた! まじか。そう言えば、この国って自宅のクーラーは標準装備じゃないのに、公共の施設とか交通機関には付いてる。

6/20

蒸し暑くて夜中に目が覚める。無理して眠ろうとは思わないが、頭に浮かぶのはなぜか乗り換えでランチした豊岡の駅ビル。あそこは兵庫らしいが、田舎臭くて、自分的には好きだった。

食べたのは確か空豆とひじきの混じったオムライスで、店のキャラクターはスイス出身のハーフの女の子。店には、多分中学生くらいの男の子達が体験学習でオーダーを取っていて、一人は丁寧で上手だが、一人は挨拶もしないでコップを机にどんと置いた。

駅に戻ると、駅員さんはとても親切に乗り換えとか切符の買い方、コンビニの場所を教えてくれるし、車両に乗り込むと、前方が丸見えのベストな位置にやたらと体がでかくて禿げ上がった、白シャツにジーンズの、おそらく鉄オタのよそ者の中年が、たまにノートに何か書き込みながらひたすら進行方向前を凝視していた。で、その男を反対側真正面からいぶかしげに見る地元のオヤジ。

僕の旅の思い出って、会話してないのに人のことを事細かに覚えていて、僕って、人が苦手なのに人が大好きなんだなあと。

6/19

昨日あたりから暑いのなんの。耐えられない。って、日本とは比較にならんほど涼しいが。

いくつか作業にとりかかろうと思うが、家にネットがあったり、食い物があったりするとついくつろいでしまう。ベッドに寝ころんで資料を読んでたら眠ってたり。

6/13

先週末まで日本にいたんだなと、たったの数日で今は昔の感じになってしまった。ああ。日本は新鮮だった。行くまでは気が重かったが、行って良かった。

今いる国と違い、周りの空気感と自分の行動範囲が変わるのを肌で感じたこと。日本のサービスはレベルは高いと思う反面、過剰、紋切り型で心がこもっていないことがあり、イライラすることもあること。日本はとにかく物価が高く、ことあるごとに金がかかるシステムになっていて、金がなければ快適な生活が送れないこと、など。