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庭のカボチャはもうすぐ収穫できそう。

yahooニュースを見ていたら、こんなニュースが。

中高年ひきこもり、高齢化進む…親の死後「餓死するまで閉じこもるのか」 (読売新聞(ヨミドクター)) - Yahoo!ニュース

自分は両親とは同居していないが、パートナーと年が離れているから、状況的にこれに近いかもしれない。で、ひきこもりの定義を考えていた。wikipediaを読んだがなんか複雑で、はっきり分からない。結局、仕事で外に出て働いている人以外はひきこもりなのか? 主夫はどっちにはいるのか? 自分みたいに主夫プラス家での内職(デスクワーク)のパターンはどうなの? と。

ひきこもりは家から出ない人のことを言うのかと思っていたが、どうもそうではなくて、買い物で外出する人までは含むらしい。でもなあ、このひきこもりってのは、要は上に書いた、仕事で外に出て働いている人(または通学している人)以外のことを言うのかな。社会との接点って意味では、僕も危ねーなーとは思うのだ。じゃあ、危なくないってどの程度を言うのか。もしこんな事を周りの日本人(今、僕にはいないけど)に話したとしたら、「そんなんだからあんたはダメ。もっと社交的になれ」ってマウントされて終わり。 

7/31

スピリチュアルって、僕が大学生だった30年前にもはやりの兆しを見せていて、番組名は忘れたけど、所ジョージがテレビで夢辞典を取り上げていて、就職したての頃は読んでたなー。妹にもプレゼントした記憶がある。紫のカバーの翻訳本。

スピリチュアルって、金銭的にも、状況的にもある程度余裕があって、本当の意味で追い詰められていない、こういったらなんだが、有閑マダムの遊びとしてはちょうどいい。それにまつわるグッズもしかり。なんだかんだ言って金が絡むのだ。金。松居一代もスピリチュアルがベースにあるが、彼女も江原氏とつながりがある。金、金。

7/31

昼前に偏頭痛。外に出る気も失せた。ちょっと横になったら横に猫。

5時夢を見ていたら、お勧め動画に江原さん関係のが。ところでスピリチュアルは立派な宗教。すぴりちゅあるっていう軽い響きから、あれを宗教だと思ってない人もいると思う。ちょっと軽い占いみたいに。あれはニューエイジ、ここ50年ちょっとで出てきた宗教。

何年前の動画だろう。オーラの泉を見てみた。安めぐみの回。江原さんの語り口は慰められる感じがするので、弱っている人には入りやすいだろう。うっかりしてたら、これはコロッといくと思った。僕の経験で言うと、スピリチュアル的なものは、思い込むのは楽だし、とりあえず心穏やかにはなるが、本当に困った時に、特に心理的な問題になんの答えも用意されていない。

こういうスピリチュアリスト?とか霊能者の共通項は、普通の人には見えないものが見える(と言っている)ことで、それをまことしやかになんの躊躇もなく話すことに聞く側はなんの疑いも持ってはい(け)ないこと。要するに、聞き手は見える人の言うままに受け入れるのが条件みたいになっていて、そこをすんなりOKな人には、おそらく魅力的な教えなんだが、そこに懐疑的な人にとってはとにかく胡散臭い。

人は死んだらどうなるのか。おそらく高い確率で、スイッチを切るように意識がなくなるのだと思う。輪廻の話だが、考え方としては不思議、神秘的、ロマンチックだが、検証はできない。ただ、その見える人がそう言っているだけで。その、こちらが見えないことを見えるように話している感じ、見えると嘘を付いているかもしれない人の優越感、妄想なんかもあるかもしれない。人に直感というのはあると思うし、僕も割と自分の直感は当たると思っているが、それが恐ろしいほど鋭い、過敏な人もいるとは思う。でもそこに金が絡んだら違う感じがする。あの類いのことは、こちら側には見えないことをいいことに、なんとでも言えるからだ。おまけに、あの類いのセッションってめちゃくちゃ高い。

7/31

ストレスの飲み会終了。あのネーティブしかいないパーティーはほんとに苦痛。ここ、外人すごく多い町だけど、この区画にはほとんどいない。いるのは移民系2、3世だが、あの人たちは見事に交わらない。

トルコ系、ちったあ、交じれよ。交じらないことに対する不安感がないみたい。自分らと、その他をくっきり線引きしてる。あのメンタリティーはどうなってるんだろう。日本に入ったらすごいことになるだろう。

7/30

はなしのはなし。話の後ろに「し」が付くかどうかは、多分小学生のころに先生に教えてもらった気がするが、その時は、文末に来た時には「し」は付かず、文中の場合は付くと言われた気がする。

誰に習ったのか覚えていないが、これは間違い。大人になった今では、名詞の場合「し」は付かず(例:面白い話)、動詞の活用(例:話します)、形容詞的用法(例:話し言葉)の場合は付く、と整理している。

7/30

一夜明けて、外は晴天、快晴! 明日から曇りだって。とりあえず、面倒くさいことは早めに終わったほうがいい。普段なーんの関係もない人たちだし、町でばったり出会っても無視されたりなのに、パーティーの席だけその場を取り繕うのって嫌じゃない? 白々しくて。やっぱ出ないとダメなのかね。面倒くさいのはみんな一緒だろうけど、これで出なくなったら年取ったってことなのかもしれない。面倒くさい他人との接触を諦めるってことは、エネルギーがなくなったってことでもある。

この近所の寄り集まりは、入居が同じ時期の人たちが勝手にやってるやつで、対面の人たちが入ってきたら、誰もまとめきれないと思う。音頭を取る人がいるのは、みんな年が近く、人生の段階が似ているから。それプラス、外国人が少なく、話が合うからだと思う。反対側の人は生活保護受給者も多いと思うし、年寄りは多いし、誰も声などかけないだろう。

 

7/29

なんか知らんが、近所の人との懇親会みたいなのが明日あるらしい。それで、行かない理由もないので、とりあえず行くが、1年に1度は正直ちょっときつい。参加人数を確認したら11人。ってことは、ざっと計算しても6世帯。全世帯の半分ぐらい。今バケーションの時期だから、みんな海外に行ってると思う。

この近所って外人がほとんどいなくて、僕を含めて2人。そしていわゆる大卒で仕事始めた20代しかいないので、話し合わせるのが面倒くさい。僕は和食を持って行き、横で適当に話を聞く感じになるのかな。